私のネイタルチャート

星を信じるならば、言葉を並べるよりも簡潔な自己紹介になると思うのですが。

そう思いませんか?

ただ、手相と違ってホロスコープは個人の出生時間・場所が分かってしまいますので隠したい人は多いかもしれないです。

(それと著作権の関係上、画像の使用許可がメンドクサイというのもある。特に商業でやると)

だから世の中の「占星術家」は自分のチャートを公開していないのだと考えておいてあげます。

ただ、私はどうしても信条的に恐れずに置いておきますよ。

以下は私(えむた)のネイタルチャートです。

私(えむた)のネイタルチャート

※著作権の関係上、無修正画像です。ハウス分割はトロピカル方式・プラシーダス、オーブはサイト仕様です。そこら辺は出生時間と場所があるので良いでしょう。気になる人は手元の手段で自由に出して下さい。

※現代西洋占星術の様々な部分について私自身は疑問に思う・現在も迷っている部分があります。従って上のチャートは日本で一般的なチャートに形式を合わせていますが、私自身は使用していません。

最後に補足ですが、私は「占星術家」などではなく、趣味の範疇で占星術というものを考えている一般人です。

ですので、記事の信憑性は「占い」の信憑性と同じぐらい薄いものだと考えて下さい。

ただ、私はこう叫びたいのです。

果たして、世の中の「占星術家」は「占星術家」を名乗るだけで当たるようになっているのか?

と。(もちろん、名乗るだけの覚悟と経験はあるんでしょうが)

そもそも「当たらない」と思っていないといけないですよ。本来「占い」って。

曖昧なものに頼るのでなく、あくまでも現実を踏みしめて生きて貰わないと。

理論を複雑化させて、研究と称しグレーゾーンを作るのは詐欺師では?

理論を感覚化させて、勉強と称し生徒を集めるのはカルト教祖では?

要素を追加して無理矢理ストーリーをでっち上げ相手に当てはめるのは「当たる」とは言わないでしょう。

読み手によって出力結果が変わるのは「理論」とは言わないでしょう。

「当たる」というのは統計学的、すなわち確率的な文脈で使われないといけません。

「理論」というのはシステム化と科学による一定の保証が徹底されるべきです。

どうもそういう不満が溜まって、こういうサイトに書いています。

そのため、いずれ理論に対して統計学的に有意だと言えるデータは集めたいと思っています。

実は「当たる」とキチンと言いたいのです。

結果「当たらない」でもいいですが。

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